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手術した方がいいですか?

  • 横須賀 純一 医師
  • 横須賀 純一 医師 稲波脊椎・関節病院 整形外科 医長

外来で患者さんに「手術した方がいいですか?」と聞かれることがよくあります。我々が主に手術を行っている脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアの場合、こちらから強く手術をお勧めする場合もありますが、たいていは「ご本人次第です」とお答えしています。しかし、患者さんにしてみればはじめての経験する病気であり、決断は難しいこともあると思います。「先生はどう思いますか」と聞かれることもあり、今回は手術するかどうかについての私の考え方をお伝えします。

手術治療だけなく手術以外の保存療法をふくめ治療の目的は大きく分けて2つです。一つは今困っている症状を緩和すること、もう一つは将来悪いことが起こることが起こらないようにすることです。一つ目に関しては、例えば「痛みを取りたい」というものです。原因を取り除く必要がある場合もあれば、痛み止め等で症状を抑える場合もありますが、現在困っている症状を緩和するための治療です。二つ目の例は人間ドックで発見されたガンです。症状は何もなかったけれども検査をしたらガンが発見されたとしたら、何らかの治療が必要になります。これは症状を緩和するものではありませんし、治療に伴って痛みなど新たな症状が生じることもあります。しかし放っておけば将来悪いことが起こることが予想されるために治療を行うということになります。どちらか一つだけが目的のこともあれば、両方が目的のこともあります。

脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアの場合、手術かどうかを判断する際に私が考えるポイントは

  • 症状でどれだけ困っているか
  • 自然に治るかどうか、治るにしてもどれぐらい時間がかかるか
  • 他の治療が有効か
  • 放っておいたらどうなるか
  • 手術の効果
  • 手術のデメリット
の6つです。以下、各項目について説明します。

<症状でどれだけ困っているか>

手術の主な目的は痛み・しびれといった症状を緩和することです。症状がある・ないではなく、その症状でどれだけ困っているのかがどうかが手術かどうかの一番のポイントです。(運動麻痺・膀胱直腸障害に関しては考え方が少し異なりますので、後述の内容をご参照ください。)

腰の椎間板ヘルニアはいわゆる坐骨神経痛を生じる代表的な病気ですが、その痛みは時に強烈で、全く動けない、全く眠れないということもあります。必ず手術をしなければいけないわけではなく、ご自身が痛みにどれだけ耐えられるかによって手術かどうかで判断していただいています。動くと痛い、姿勢によって痛い、という場合には安静にしていれば耐えられ、経過をみることができるかもしれません。しかし、一方で家事や育児は休めませんし、仕事を休めない方もいらっしゃいます。日常生活、社会生活に支障があるという場合には手術を考えることになります。

腰部脊柱管狭窄症の代表的な症状は「間欠性跛行」と呼ばれるもので、歩いているとだんだん足が痛くなったりしびれたりして歩けなくなり、止まって休むと症状が軽快するというものです。症状の程度の差は大きく、1分も歩けないという人もいれば、30分歩けるがそれ以上は辛いという人もいます。1分も歩けないほど強い症状ならば手術を希望される方が多いですが、30分は歩けるという場合にはご本人の活動度に左右されます。長時間歩く機会が少ないという方であればそれほど困ることはないでしょうが、旅行に行っていろいろと回りたいという方であれば症状を解消したいと考えると思います。

<自然に治るかどうか、治るまでにどれぐらい時間がかかるか>

椎間板ヘルニアは自然に治ることが比較的多い病気です。症状が出てから2~4ヶ月で軽快する可能性は少なくありません。椎間板ヘルニアの痛みは強烈なことがあり、痛み止めを何種類も使っても全く緩和されないこともあります。しかし症状が出てからの期間が短ければ、堪え忍んでいるうちに治るかもしれませんし、痛み止めやブロック注射でなんとか痛みをやり過ごせれば手術をしなくて済みます。外来で患者さんに「この痛みが自然に治るわけがない、手術して欲しい」と言われることがありますが、薬などで様子を見ているうちに治ってしまうことも多いです。(ヘルニアが縮小することと症状が改善することは同じではなく、ヘルニアが縮小しなくても症状が改善することはいくらでもあります。)痛みが非常に強くて何日も耐えられないという場合、仕事などの都合でどうしても早く治したいという場合は手術を検討することになります。

 一方、脊柱管狭窄症は根本的には治らない病気です。治らないというのは神経の通り道が狭くなっているのが自然に広がることはないという意味です。ただ症状には変動があることが多く、はじめて症状が出た、または強い症状ははじめて、という場合には、私は2~3ヶ月は様子を見ることにしています。薬で十分に症状が抑えられることや症状が自然に良くなることも多く、手術しないで済む場合も多くあります。MRIを撮って神経の圧迫が非常に強ければ早期に手術をお勧めすることもありますが、そうでなければ手術しなければいけないわけではありません。

椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症が合併していることも多くあります。自然に治ることがどれだけ期待できるかはMRI等を見るとある程度参考になります。

<他の治療が有効か>

 脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアは飲み薬、ブロック注射、リハビリ、整体などでは神経の圧迫を取ることはできません。しかし症状を緩和することができます。いくら痛みが強くてもこれらの治療に効果があって症状が十分に和らぐのならば必ずしも手術をする必要はありません。痛みなどが強い数日~数ヶ月の間、薬を飲むなりしてしのげればよいわけです。何年も続く症状であったとしても本人がそれほど困っていなければこれらの治療を続ければよいと考えます。もちろん薬には副作用がありますから長期間飲むことは必ずしも良いことではありません。そのため、それぞれの治療のメリット・デメリットを考え、治療を選択することが必要です。また、こうしたメリット・デメリットも人によって考え方が異なりますので、例えば根本的に治したい、他の治療に通うのにもいい加減疲れた、薬や整体もお金がかかるし、という場合には手術を考えてもよいと思います。

<放っておいたらどうなるか>

はじめのところに、手術の目的は症状を緩和することと将来悪いことが起こるのを防ぐことの2つであると書きました。後者の場合には症状で困っているかどうかに関わらず手術を検討することになります。

脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアでは、手足がうまく動かないといった症状(運動障害)、尿や便が出にくいという症状(膀胱直腸障害)が出ることがあります。このような症状が出ているということは神経が強く圧迫されているということです。この状態を長く放っておくのは望ましくありません。長期間たってから手術をすると症状が改善しないことが多く、早めの手術が望ましいです。特に膀胱直腸障害が出ている場合には早急な手術を強くお勧めします。ただ、早く手術したからといって完全に元に戻るとは限らず、また回復するにしても長期間かかることがあります。

痛みやしびれだけであっても、近い将来運動障害や膀胱直腸障害が出る可能性が高い場合には手術を選択することもあります。神経の圧迫が非常に強く、またそれが自然には治らないと予想される場合です。例えば首の脊柱管狭窄症(頚部脊柱管狭窄症)です。首には脊髄という太い神経が通っており、これは一度損傷すると完全には治りません。脊髄の圧迫が非常に強い場合、症状が軽いあるいは全くなくても、転倒や車の追突事故をきっかけに急に歩けなくなってしまうということがあります。腰の脊柱管狭窄症(腰部脊柱管狭窄症)の場合は圧迫されているのは脊髄ではなく馬尾神経という神経の束ですが、頻度は首に比べて少ないですが、急に歩けなくなる可能性があるのは同じです。また陰部にビリビリという感じがある場合には要注意です。急に膀胱直腸障害が出てしまうことがあります。

放っておいてもよいかどうかは症状やMRI等で判断することになりますので、症状が軽くても一度専門医に診てもらうことをお勧めします。

<手術の効果>

手術では神経の圧迫を取り除きます。根本的に治療することで痛みやしびれが無くなる、または緩和します。強い痛みであっても手術直後には痛みが消えていることも多いです。(手術後の症状の改善の仕方は個人差があり、手術直後は比較的強い痛み・しびれが残っていても日にちが経過してから改善いく方も少なくはありません。)手術以外の治療法ではこれほど劇的な効果は期待できません。手術をすれば多くの場合は症状が改善しますので、症状が今後良くなるかどうかわからない、いつ良くなるかわからない、という宙に浮いた状態から解放されることになります。

「もう歳だから手術は考えていない」という方がいらっしゃいますが、辛い症状を抱えて無理に生活するぐらいなら手術をして楽になるというのを考えてもよいと思います。実際当院でも85歳以上の方に手術を行うことも稀ではありません。しかし、あまりに高齢になってから手術を希望されても、全身麻酔で手術をするため肺や心臓などの問題で手術できないということもあります。ですから、ある程度の症状があるのであれば無理に先延ばしにしないで早めに手術を考えてもよいと思います。長く患っていた方に「こんなに楽になるなら早く手術すれば良かった」と言って頂ける場合も多いです。早く手術をすればそれだけ快適に過ごせる期間が長くなるということになります。

けれども、手術をしても思ったほど症状が取れないということもあります。手や足が痛いという症状や、歩いているときや姿勢によって手や足がしびれるという症状は比較的取れやすいです。常時しびれているという症状(「24時間しびれている」と表現する方が多いです)はたいてい残ってしまいます。神経は体の中でも再生しにくい組織だからで、常時のしびれはすでについた神経の傷と考えられています。首の痛み、腰の痛みが緩和するかどうかはケース・バイ・ケースです。運動障害・膀胱直腸障害は回復する場合、しない場合がありますが、手術前の症状が強い場合には完全には元通りにならないことが多いです。また手術前の期待が大きすぎると結果に満足がいかないことになります。痛みやしびれが多少は残ることは多々あり、同じように症状が残っていても気にならない方もいれば、不満を抱く方もいます。

椎間板ヘルニアの場合、「将来また再発したら困るから」と手術を希望される方がいらっしゃいますが、手術は再発予防にはなりません。椎間板を完全に取ってしまえば再発する可能性はなくなりますが、そのような手術は通常は行いませんので、手術かどうかは今困っているかどうかで判断することになります。手術をしても再発して再手術が必要となる可能性はあります。

<手術のデメリット>

手術はよいことばかりではありません。リスクやデメリットがあります。当院では低侵襲の内視鏡下手術を主に行っていますが、皮膚には小さいながらも傷はできますし、筋肉や骨を触ることで痛みや違和感を生じることがあります。その症状でいつまでも悩まされることは少ないですが、特に手術後の早い時期には痛みが強い場合があります。手術前の痛みやしびれが強ければ受け入れられるでしょうが、手術前の症状が軽いと手術後に生じた新たな症状が気になるでしょう。

また手術前にはなかった運動障害(麻痺)が生じることがあります。少ないながらも一生の後遺症として残る可能性があります。その他、傷が膿んで再度入院・手術が必要となる場合や、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)など手術したところ以外に悪いことが起こるリスクもあります。

時間的、金銭的な負担も生じます。入院中は仕事や家事はできませんし、介護や育児をしている方であれば家を空けるのが難しいこともあるでしょう。お金もかかります。幸い我が国は公的医療保険が充実しており、高額療養費制度というものもあるため、アメリカなどと比べたらずっと安く手術を受けることができますが、数万円から数十万円の負担は生じます。一方で手術以外の治療(痛み止めなど)にもお金がかかりますし、病気が原因で仕事が出来ないようなら収入も絶たれますから、それぞれの状況に応じて総合的に考えることになります。 個々の患者さんによって症状、病気の状態、社会的な状況は違いますし、手術方法によって効果、リスクなども異なります。手術は脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアの有効な治療の一つですが、ご本人にとって何が一番良いのか、このコラムを参考に考えて頂ければと思います。

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